BATTLE ROYALE
仮面演舞


第40話

 随分と長い間、彼の意識は失われていた。
 夢とも何ともつかない、奇妙な空間。その中を漂い続けている。目の前には彼の愛する最新のゲーム機などが見える。
―あれに触れたら、日常に戻れる…戻れるんだ!
 そう思って追いかける。しかし、歩は進まず、決して近づけない。
 所詮は意識を失った彼の夢にすぎなかった。それに気付いた瞬間、彼の意識は現実へと引き戻された―。

「う…」
 一言呻いて、
妹尾純太(男子11番)は雪上に横たわった自らの身を起こした。雪の上に長く横たわっていたせいか体中が冷たいが、動けないほどではなかった。
―何が、あったんだったっけ…。確か…。
 純太が必死で自分の置かれている状況を思い出そうとしたその時、純太は自分の手に握られた特殊警棒に目をやった。
 その瞬間、純太ははっきりと自分の身に起こったことを思い出した。

―プログラムの対象クラスに選ばれたと知らされた時。驚愕と恐怖で思考が停止した。

―出発の時、とにかく急いでその場から離れようとしたこと(その時、
庄周平(男子10番)の姿を見たような気がしたが、声はかけなかった)
.
―近くの倉庫の裏で武器を確認した直後に近くを走っていった
粟倉貴子(女子1番)の姿。もっと遠くへ行こうとした際に聞こえた銃声。そして見た、浦安広志(男子2番)の無惨な死体。

―混乱、そして恐怖と戦いながら移動していた時に見つけてしまった、
水島貴(男子18番)成羽秀美(女子10番)の死体と、その傍らに立つ粟倉貴子。

―その光景を見て、完全に純太の精神は破綻を起こした。純太は思った。やらなければ、やられると。

―貴子に襲い掛かる。しかし仕留められずに苛立つ。そんな時に現われた
政田龍彦(男子17番)―銃。やられる! やられる! 純太は必死で逃げた。

―ひたすら隠れて震え続けた。そして現われた人影。純太の破綻した精神は敵と認識した。そして相手―
平井誠(男子15番)福居邦正(男子16番)に襲い掛かって、誠が話しかけてきて…。

 それ以上の記憶は、なかった。

―そうだ、誠だ! 誠がやったんだ!
 純太ははっきりとそう思った。自分の意識を奪ったのは紛れも無く誠。それは間違いなかった。
「誠…よくも…ぶっ殺してやる」
 自分が先に誠たちに攻撃を加えた事実などは棚に上げて、純太は思った。激しく誠に憎しみを抱いた。
―殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!
 純太は立ち上がって、歩き出した。あてはない。しかし、目的は出来た。誠を殺す。それだけが目的。もはや純太の精神は、正常へは帰り得ない状態になってしまっていた。

 ゆっくりとではあったが、純太は確実に歩を進めていた。
 脳内で蠢き続けるのは、憎き男―本来は友人であったはずの平井誠への復讐心のみ。しかし、純太自身はその異常性に気付いてはいない。
 手の中の特殊警棒をじっと見つめた。
―ぶっ殺してやる…ぶっ殺してやるよ。
 最初は恐怖心から、生への渇望からの狂気だったはずだった。しかしそんなことは忘れてしまった。
 もう、純太にとっての最終目標は『誠を殺す』ことでしかなかった。その後のことはどうでも良かった。
 やがて、純太の目の前に大きな山が見えた。今純太がいるエリア―H−1エリアからその周囲―会場外までに広がる大きな山。とにかく純太はその山を登ることにした。
 雪を踏みしめる音が響く。

―サクッ、サクッ。

―サクッ、サクッ。

 リズミカルに、一定の間隔で雪を踏みしめる音が響く。その音は一つだけ。しかし、そのうち純太の耳にもう一つの音が聞こえてきた。

―サク、サク。

―サク、サク。

 その音は、純太のそれよりも微かで、なおかつより速いテンポ。その音がだんだん大きくなってくる。徐々に、徐々に…迫ってくる、音。
「―!」
 純太は、後ろを振り返った。その瞬間眼に飛び込んできたのは、女の顔と銃口。銃声が一つ響き、純太の意識は一瞬にして消え去った。


「……」
 足元には、一発の銃弾を至近距離から撃ち込まれて頭部が粉々に砕けた妹尾純太の死体。物言わぬ肉塊を見下ろしながら、
鯉山美久(女子18番)は快感に打ち震えていた。
 背筋がゾクッとする。やはり『壊す』のは快感だった。その快感は―性行為の際のエクスタシーにも似ていた。もっとも美久に経験はなかったから、どんなものかは知らなかったが。
 いつからだったかなどはもう思い出せない。しかし、気がついたら既に『壊す』ことに快感を見出していた。
 そして今回もまた、一人壊した。呆気なかった。あまりにもあっさりと壊れた男に、もう美久は興味が見出せなかった。
―もっと手応えが欲しい。壊し甲斐のある―壊し甲斐のある相手が良い。そしてもっと強い快感を感じたい。きっとそんな相手ならば、壊した時の快感は永遠に続く気さえする。
 美久はそんな感想を抱いていた。
「足りない。こんなものじゃ駄目」
 美久はそう言い捨てると、純太の死体には目もくれず、山を下りていった。

 <AM11:03>男子11番 妹尾純太 ゲーム退場

                           <残り23人?>


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