安井かずみが綴るジュリーのすべて

 

1974年発売 Young idol now Vol.8 - 沢田研二特集号 =  勁文社

毎回白熱のライブをお届けしております“ライブG”です。

JULIE

 

親指を曲げて、人差し指、中指、薬指、小指を曲げて、

そう、小指を起こして…数えているのです。
もう何年になるのでしょうか、ジュリーのためにって作詞をしてから。
ジュリーの歌を書きながら、ジュリーの歌を聞きながら、

音楽の世界を歩き続けて来たのは。
その課程に、彼の音楽意識と前後、左右したりすることはあっても、

必ずどこかで一体感、連帯感が持てるのです。
ジュリーの音楽に対する、ひたすらさに、いつも感動と拍手をしてしまうのです。
年月を経るごとに、つくづく、それはジュリーの確かさと成功に加え、

神話のように美しく広がってゆくのです。
 

ボブ・ディランを除いて、殆どの世界中のアーティストのステージを見てきましたけれど、日本でジュリーのステージを見られる私たちは最高に倖せだと思います。
本当に彼のステージは素晴らしいのです。
最も日本的な男が最も世界的にイカシてるなんて…そういう人ですジュリーは。
ある青春像が浮かびます。
ジュリーは他の誰かさんと勝負しているのではなくて、彼自身に挑戦しているからです。
一人の素敵な男の青春と、スターであることの間で…。
でも、ジュリーはそんなこと誰にも話さないから…。
何万人に一人、何千万人に一人のスター、ジュリーの背負っていく運命って、やぱり普通の人じゃない…のかしら?
 

関東西ジュリー組、作詞担当という立場で一員に加わっている限り、ジュリーの意見には従わなくてはなりません。
お先走った歌、気取りすぎた歌、クールでカッコつけすぎ、外国かぶれすぎ、言葉の出すぎ、勘違いは、すぐジュリーに直されます。

ジュリーは自分の歌を知っていますから。
彼は日本人として日本人の一人一人のファンと限らず、歌を聞いてくれる人々を大切にするのです。
アンダー・グラウンド・コマーシャルを問わず、ジュリーは古今東西の稀に見るエンターティナーなのです。
 

いまのレコード業界、ショウビジネスで、ジュリーのスタッフほど、よくディスカッションし、 全員がベストをつくそうという感じがあふれるチームをみたことがありません。
とても若者らしいやり方で、フェアなのです。
レコード作りばかりでなく、リサイタルなんかも含めて、全ジュリー活動のことに関して、胃をこわしたり、寝不足のスタッフがジュリーのためなら…と協力している様子に心打たれます。
それだけにジュリーもスタッフを大事にします。
女が男に惚れるって普通だけど、男が男に惚れるって情景なんですもの…。
 

ジュリーはナイーヴっていうより、いまでは大人の男の細やかさを持っている人です。
重要な時と場合には、どんな些細なことも見落とさない。
自信があるから素直で、わかっているから、他の人を認めるというような、協調や調和をわかっているんです。
ワンマンでありながら、それを感じさせない男、ほんとに、

あの人についている限りはツイているのに違いないと思わせる不思議な魅力の持ち主です。
 

傷つきそうなイメージ、哀愁のイメージ、ミステリアスなイメージ、デカダントなイメージ、率直なイメージ、様々な彼のイメージたち、それらに、本質的にジュリーの男らしい気迫がダブル・イメージとして厳然としてあります。
それは明日のジュリーへの可能性、飛躍、その多角な多様なものへの期待に、私たちの胸をドキドキさせるのです。
 

七、八年ごしのファンの方も沢山います。
七、八年といったら、誰にとってもいろんなことが起き、人生にからみつき、ものの見方や考え方も違ってしまうはずなのに、当時と別なバラバラの環境に各々の生活が散ってしまっても、とても嬉しいことにジュリーのファンは減らないのです。
そして新しい人々は増え、十二才の少女も、同世代の男女、大人の人たちをも、その魅力に巻き込んでゆくのです。
ジュリーが歌うたび、ステージするたび、彼が一つの行動をするたびに、共鳴や共感、憧れを人々に引き起こし…続ける人なのです。
 

ジュリーは魅力…なぜ?
素敵だから…もちろん、素敵です。
多くの人々が感じて、知っている彼の魅力のすべてが当てはまります。
そして、ほんとは神様って不公平じゃないかと思う時があります。
彼の持っている頭の良さや、感性やカンの鋭さ…などです。
例えば、ここにフランス語の詩があります。
10年もフランス語を習ってる私が読めるのは当たり前、でも彼は、ほんの二回、繰り返しただけでペラペラ読んでしまうのです。
日本の芸能界には<根性がある>という何とも苦しげな言葉がありますが、ジュリーのは根性じゃなくて、謙虚にスラスラというのですから、

やはり普通の人より優れている…としか考えられません。
 

一方、ジュリー自身は、魅せられたように人生に突っ走っていくみたいな、

ジュリーならではの「生き様」が即、音楽という時代がもう目の前にきているような気がします。
それをしてほしいのです。
歌謡曲の大御所と違い、安住の上にあぐらをかくのではなくて、

『もっとドキドキして、いつも新しくて、素敵な動きがいつも身辺にあって、優しくて、綺麗な感じ』
常に自分の思考、行動、人生観、やり方、ファッション、風俗の中に、生き生きと意志と足取りを進めていくのは、

私たちのスター・ジュリーであったら素晴らしいと思うのです。
それは青春で、青春は永遠に終わらないのです。

 

安井かずみ

 

1939年1月12日生まれ。

神奈川県横浜市出身。文化女子学院油絵科卒。

作詞家。エッセイスト。茶道師範。
 

1965年、“おしゃべりな真珠”(伊東ゆかり)で第7回レコード大賞作詞賞。
1970年、“経験”(辺見マリ)で第3回日本作詞大賞大衆賞。
1968年(第1回)、1970年(第3回)、1973年(第6回)、1974年(第7回)、日本レコードセールス大賞作詞賞。
 

元祖六本木純情派。六本木キャンティに集う70年代当時の著名人の中でもアイドル的存在だったといわれる。美術、語学、日本文化、自動車、スポーツなどに精通したマルチ才女で、青年実業家との結婚・離婚などでも話題となった。
最初は訳詞を手掛けていたが、その後作詞に目覚め、“追憶”、“危険な二人”など沢田研二に多数の詩を提供しているほか、“私の城下町”、“よろしく哀愁”など、その作品は実に4,000曲以上にものぼる。1977年に作曲家・加藤和彦と再婚。趣味は、スキー、テニス、ゴルフ、乗馬、旅行。
「ニューヨーク、レストラン狂時代」(渡辺音楽出版)、「おんなの遊び編集室」(講談社)、「ありがとう!愛」(大和書房)など著作多数。


1994年3月17日、肺ガンのため死去。55歳。